ラグビーから学ぶこと~ラグビーワールドカップ2019™推進教育レポート~

2019年3月15日、東京都・足立区弥生小学校でラグビーワールドカップ2019™推進教育テキストを使った特別授業が行われた。

 教室に入ってきた子どもたちから、「緊張するね」という囁きが聞こえてきた。テレビカメラが入っていることが、32人の気持ちをちょっぴりこわばらせている。

 2019年3月15日、足立区弥生小学校でラグビーワールドカップ2019™推進教育テキストを使った特別授業が行われた。

 3人掛けの木製の机には、『ラグビー、ウィルチェアーラグビーを知ろう!』というタイトルのテキストが置かれている。授業を進めていく主幹教諭の桜木泰自先生が、「まずはテキストの表紙に名前を書いてください」と、子どもたちに声をかける。 

 テキストの1ページ目は〈ラグビー日本代表チームの決断〉とある。2015年のワールドカップイングランド大会の、南アフリカ代表との試合が最初の教材だ。

 29対32で迎えた試合終了直前に、日本はペナルティを得る。

 ペナルティキックで3点を狙い、同点に持ち込もうとするのか。

 ペナルティキックより成功の可能性は低くなるが、5点を取って逆転できるトライを選ぶのか。

 あなたが日本代表の選手なら、どちらを選びますか──桜木先生が質問をすると、子どもたちはテキストの答えを書く欄に鉛筆を走らせる。ほとんど時間を置かずに、「はい!と手が上がる。

「南アフリカのほうが強いって言われていたし、ムリして負けるよりは同点のほうがいいので、キックで確実に同点にしたほうがいいと思います」

 はい! はい! と、教室内に声が響く。楕円球が教室を舞う。桜木先生のアイディアで、子どもたちはラグビーボールをパスしながら意見を出し合う。

 自分の考えを発表したいし、ボールに触りたい。子どもたちの眼が、キラキラと輝いていく。

「やってみなければ分からないんだから、トライを狙ったほうがいいと思います」

 次のパスを受けた女子児童も、同じ意見だった。

「南アフリカはとっても強いチームで、その相手にそこまで頑張ったんだから、私は勝ちたいと思います」

 果たして、選手たちの決断は?

 電子黒板に試合映像が映し出される。

「おーっ!!」

「すごいっ!!」

 ヘスケス選手のトライに、教室が沸き上がる。

 桜木先生が授業を進める。

「そう、日本はトライを選んで勝ったのです。さて、選手たちがこの決断をするためには、何が必要だったと思いますか?」

 カリカリという音が教室に響く。そしてまた、楕円級のパスがつながっていく。

「勝ちたい気持ち!」

「決断力」

「勇気とやる気」

「チームの人を信じる気持ち」

「勝って歴史を変えたい気持ち」

 小学5年生のアンテナは、真っ直ぐで感度が高い。ラグビーという競技の素晴らしさを、鮮やかに言い当てていく。

 過去7度のワールドカップでわずか1勝に終わっていた日本は、「歴史を変える」という目標を掲げてハードな練習に耐え抜き、優勝候補の南アフリカに怯むことなく向き合い、歴史的な勝利をつかんだ。

 彼らの戦いぶりを、子どもたちはどう感じるのだろう。テキストに感想を書き込むと、すぐに競い合うように手が上がる。

「ホントに歴史を変えたのはすごい」という声に、「すごく大変なことを乗り越えて、歴史を変えたんだよ」という意見が重なる。「苦しい時でも仲間を信じてやり続けたのは立派だと思います」という答えには、「脱落した人の気持ちも考えていたと思います」という意見が添えられた。

 ラグビーワールドカップのチームは31人で構成され、試合に出場するのは15人だ。ただ、大会へ向かう準備では、もっと多くの選手たちが代表入りを目ざして汗を流していった。

 選ばれし精鋭としてピッチに立つ15人は、リザーブメンバーだけでなくすべてのラガーマンの思いを胸に秘めてピッチに立つ。「脱落した人」たちへのリスペクトが、揺るぎない敢闘精神の源になっていくのだ。子どもたちは知らず知らずのうちに、ラグビーの魅力に迫っている。

 テキストもラグビーの本質に迫っていく。

 ラグビーの精神として「One for all,all for one」が紹介される。「ひとりはみんなのために、みんなは一つのこと(勝利)のために」という意味で使われるこのフレーズが、ラグビーで使われるのはなぜだろう。

「一人ひとりが個性を生かして、勝利を目ざすから」

「スクラムを組んだりしたら、心がひとつになるから」

「みんなの力を合わせれば、勝利をつかめるから」

 日本代表選手がこの教室にいたら、間違いなく拍手を贈るはずだ。立派なラガーマンも納得する答えに、32人の児童たちは辿り着いていった。

 ノーサイドの精神についても、子どもたちは瑞々しい感受性を働かせる。

 試合終了後に抱き合う日本とサモアの選手の写真が、テキストに載っている。桜木先生が「なぜだと思う?」と問いかける。子どもたちは想像力をかきたてる。

「心を通わせている」

「お互いのプレーを褒め合う」

「悔しさと嬉しさを分かち合う」

 試合終了後のピッチに流れる温かな空気が、教室へ移動してきたかのようだ。桜木先生が「他のスポーツでは、試合が終わったあとのことをタイムアップとかゲームセットというけれど、ラグビーはノーサイドと言うんだ。それは『サイドが無くなる』ということで、つまり、敵も味方もなくお互いを讃え合うからなんだよ」と補足説明をする。子どもたちは真剣な表情で聞いていた。

 15ページあるテキストのうち5ページまで学んだところで、この日の授業は終了した。このあとは楽しみな給食の時間だが、そわそわとした雰囲気はない。授業が終わってしまうのが残念で、テキストを自分で読み進めていく子どももいる。カメラが回っていることも忘れて、子どもたちは授業に熱中したのだった。

 児童を代表して菊池青空くんに話を聞くと、「ラグビーのことをいっぱい知ることができて、面白いなと思いました」と、弾むような声で話してくれた。女子の伊藤美織さんも、「One for all,all for oneという言葉が好きになりました。ワールドカップでは日本の選手にいっぱい活躍してもらいたいです。私も試合を観に行ってみたいです」と、眩しい笑みを浮かべた。

 桜木先生は「スポーツの良さはチームワークを学べること。ラグビーの精神は、この年代の子どもたちにとって素晴らしい教材だと思います」と話す。

 弥生小学校5年2組の児童たちは、家族に、友だちに、この日の授業の感想を話すに違いない。ラグビーが身近になることで、彼らと彼らの周りの人たちの生活は、明るく彩り豊かなものになっていく。

 2019年を生きる子どもたちがラグビーに触れ合い、興味の輪が広がっていけば、ラグビーワールドカップの終了後もこのスポーツに関心を抱いていく。彼らが父親や母親になり、子どもを持ったときには、家族でラグビー場へ足を運んだり、テレビの前で日本代表を応援するかもしれない。

 ラグビーが文化のひとつとして、人々の生活に浸透していく。ラグビーを通して、人間として大切なものを学んでいく。それこそが、ラグビーワールドカップが開催されるレガシーなのだろう。

(文・戸塚啓)